63歳 タクシー運転手 男性の心霊体験
まだ20歳後半の若い頃の話ですが、私は仕事で同僚のY君、M君の2人と共に東京に出張しました。
1日を終え無事仕事を完了した解放感と、食事と共に飲んだアルコールの酔いとで冗談を言い合いながら、私達が予約していたある小さなビジネスホテルに着いた頃にはすっかり夜遅くなっていました。
私がホテルの名前を確かめて玄関から入ろうとすると、並んで歩いていたY君がふと立ち止まり難しい顔でホテルを見上げています。
どうしたのかと私とM君も足を止め、Y君の視線の先を追いました。が何もありません。
自分を見ている私達に気が付いたY君は、直ぐ小さく首を振って「何でもないよ」という風に僅かに微笑んで先に自動ドアを通りました。
部屋を変えて欲しいと言った同僚
若手の私達に贅沢は許されないので、部屋はシングルとツインをとっています。部屋割りは、一番先輩だった私に遠慮してくれた2人がツイン、私がシングルと決まりました。
階は同じなのでエレベーターで上がり、廊下を進むとまず私の部屋があり、「ご苦労様。お休み。」と私がキーを持ち上げた時、Y君が
「あの・・」
と声をかけて来ました。
Y君は自分は鼾が凄いのでやっぱりシングルにして欲しいという事でした。最初に言えばいいのにと思いながらも、彼の希望通りの部屋割りでそれぞれの部屋に入りました。
寝入ってから何となく目が覚めて、枕元の時計を見ると時刻は午前3時過ぎ。隣のベッドのM君が起き上がる様子がしました。
トイレかと思って私はまた目を閉じましたが、しばらくしてもM君がベッドから下りる様子がありません。
見るとM君はベッドに半身を起こしたまま、じっとドアの方を見ています。暗い部屋のドアのあたりは暗闇で、何も見えません。M君はそれでもそちらをじっと見詰めています。
「どうした?」
私は声をかけました。
はっと我に返ったかの様なM君は、
「あ、いや、なんでもありません」
と、横になるや慌てて布団を被ったので、寝ぼけたのかと私もそのまま眠ってしまいました。
出張から帰ってY君が話したこと
出張から戻って数日後、私とY君が昼食をとっているとM君がやってきていっしょになりました。
しばらく私達は他愛もない雑談をしていましたが、会話が途切れた時、M君がちょっと思い詰めた感じで言いました。「Y君、出張の夜、君、僕たちの部屋に来なかった?」
Y君は少しM君を見詰め、小さく頷きました。
Y君の話は私にはとても信じられないものでした。
あの日、Y君はあのホテルの前に立った時、とても嫌な感覚に襲われたと言うのです。
できれば他のホテルに変えたいと心底思ったそうです。
しかしもちろんあの時間に、しかもとても人には説明し様のないある理由で、それが現実的ではない事は明白でした。
一瞬、その嫌な感じの元になるあたりの窓を見上げながら、覚悟を決めたと言います。
それがホテル前でY君が立ち止まった理由でした。
そしていざ部屋に向かった時、私が入ろうとした部屋にとても強い何かを感じたのだそうです。
これは駄目だと判断したY君は咄嗟に部屋の交換を言い出したのです。
Y君は昔から霊感が強くてそれまで何度もその嫌な感じを味わい、その後で霊と遭遇していました。それであの夜も、この部屋に何かか居て、必ずその夜現れるに違いないと確信しました。
それで、その種の恐怖体験の経験のある自分がその部屋に泊まるしかないと考えたと言いました。
幽体離脱?
Y君のあの夜の体験は次の様な話です。眠りに入った後、Y君は幽体離脱しました。
ふと気が付くとベッドに眠っている自分を中空から見下ろしていました。
心の何処かで始まったと思いました。
自分でも理由はわかりませんが、ふらりと私達の部屋にやってきました。幽体状態で施錠されたドアなどは関係ありません。
じっと寝ている私達を見ていると、気配を察してかM君が起きて幽体のY君をじっと見返してきました。しばらくすると私も目が覚めた様子で、M君に声をかけました。その瞬間にY君は自分の身体に戻っていました。
そのまま横になった状態で「来るぞ」と感じました。すると部屋の天井の一角の隅の闇が何かを徐々に形作り始めました。
その闇の黒さはやがて少しづつ人の顔になっていきました。やはり霊が現れたのです。
何度かの経験はあっても気持ちの良いものではなく、やはり恐怖は感じます。
それでも経験のおかげで落ち着きは失いませんでした。その顔は哀しみや無念や懇願といった感情を表にしていて、怒りや憎しみを感じなかったから冷静で居られたようです。
こちらを見詰める事しばし、やがてその顔は闇に溶ける様に消えていきました。
ほっとしたY君は緊張が解けたとたんに、眠るというよりは気を失った様に意識がなくなりました。
これまで全く自身でその類の恐怖体験がない私は、身近な人の体験としてこんな話を聞くのは初めてでした。同僚のY君が悪戯や冗談で話をでっち上げる様な人間ではない事は確かでした。
また真面目一方のM君がY君と共謀して私に悪戯をしかける筈のない事も明確です。そんな状況を冷静に考えると信じざるを得ない話でした。
恐怖は終わらなかった
話には結末があります。
翌朝、帰路の新幹線ではY君が随分と疲れている様子なのに私は気付きました。実際、体調が良くないというので、本来一旦帰社するところ、そのまま自宅に直帰させました。そして家に着いたY君を迎えた母御が、Y君の後ろを訝しそうに見てこう言ったそうです。
「あなた、何を連れて帰って来たの?」
Y君の母御は若い頃から霊感が強く、悩んだ末に修行を積んで除霊の技を習得したのだそうです。その息子であるY君が霊感があるのは、その能力を引き継いからでした。
早速、母御は除霊にかかりました。除霊とはその一つの方法として霊の話を聞いてあげる事だそうです。
この世に残ってしまう霊というのは、恨みなど怨念のだけではなく、その無念や心残りなどを誰かに聞いて欲しい強い気持ちを持っている場合があります。
この霊は大学受験を何度か失敗した男子学生でした。
悲観の余り発作的にあのホテルの部屋で自殺していました。
霊は余程霊感のある人としか意思疎通ができないのです。霊感のあるY君になら、またそんなY君に付いて行ったらきっと自分の話が聞いて貰えると、その霊は感じたのだそうです。十分に話を尽くして得心した霊は無事成仏できました。昨晩以来、
ずっと体が重かったY君は暫くして回復したという事です。
霊感など全く私には無い様で、そんな恐怖体験は一度も私は経験していませんが、それ以後霊感が無い事を有難いと思っています。
それにしても不可思議な事というものはあるものです。
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