39歳 塾講師 男性 鉄筆堂さん 群馬県太田市で本当にあった怖い話
みなさんは、そのお店を利用しないのにお店の駐車場を無断で拝借したことはありますか。
私も以前は軽い気持ちで失敬していたことがありますが、いまでは絶対にそんなことはしません。
幽霊や怖い話など信じていなかった私が体験してしまったこの実話を読めば、きっとあなたもそんな気はなくしてしまうことでしょう。
転職して北関東へ
数年前のことです。都内で働いていた私が激務に倒れて精神科の厄介になってから、しばらく経ちました。
都会にすっかり疲れてしまった私は、転職してどこか地方に移ることにしました。
転職サイトに登録してからほどなくして、新しい仕事が幸いすぐに見つかり、北関東の縁もゆかりもない工業都市に引っ越すことになりました。
町は駅前からして、夜に毒々しいネオンが光るいかがわしい飲み屋が軒を連ねている以外にはなにもない寂れたところでした。
東京とのあまりのちがいに衝撃を受けましたが、だれも知らないこの町で、私はしばらく腰を落ち着けることにしました。
パチンコ屋の駐車場に無断駐車
新しい会社は以前の勤め先に比べればこぢんまりとした会社でしたが、新しい同僚には酒好きが多いようで、私も嫌いな方ではないものですから、歓迎会に呼ばれることになりました。
駅前にある居酒屋で一席もうけることになったのですが、お恥ずかしい話、転職したてで、医療費にすっかり貯金を使ってしまってまともな貯えもなかった私は、コインパーキングの代金にさえ窮するありさまでした。
そこで、会社近くの古びたパチンコ屋にある広い駐車場の片隅を失敬することにしました。
例によって「無断駐車厳禁 当店に御用のない方、営業時間外の駐車はご遠慮ください」の札がありましたが、私はかまわず駐車しました。この広い駐車場で、営業時間外に、端に一台停めるくらい何だ、と軽い気持ちでそうしてしまったのです。
まさか、あんな心霊体験をする羽目になるなどとは思いもよらずに…。
ロープ、水の音
飲み会が終わって、同僚たちは帰っていきました。
車社会のこの地域では、飲み会の後にはタクシーではなく運転代行業者に連絡して、車を運転して自宅まで送ってもらうのがふつうです。
お店で連絡して、やって来た業者に鍵を渡して駐車場を指定すれば車をお店まで持ってきてもらうこともできるのですが、私は酔いを覚ますのに、駐車場まで夜道を歩いてから車内で代行を呼ぶことにしました。
ほどなく、駐車場に車が置いてあるパチンコ屋に近づいてきました。
隣接するコンビニはから煌々とした灯りが洩れていましたが、営業の終了しているパチンコ屋はネオンや看板が光るでもなく、非常出口のものであろう緑色の光がぼんやり窓からうかがえるばかりです。
私は自分の車に乗り込んで代行への依頼の電話を済ませ、少し窓を開けて、たばこに火を点けました。
一服してたばこの火をもみ消したそのときのことでした。
コンコン、と窓を叩く音が聞こえました。もしやパチンコ屋の店員さんがまだ残っていて注意しに来たのか、と思いましたが、車の周囲に人影はありません。
気のせいかと思っていると、またコンコン、と窓を叩かれます。後部座席側だったような気がしたので振り向こうとしたら、その瞬間にぎゅっと首を絞めあげられる感触がありました。
私は必死にもがきましたが、首を絞める力はゆるむことがありません。手や指というよりも、なにか紐のようなものが首に食い込んでいく感覚でした。
どれくらいそうしていたでしょうか…。私の気が遠くなりかけたところに、男の声が聞こえたような気がしました。
たぶん一人ではなく、二人か三人くらいのものだったような気がします。
どぶん、という音が耳に聞こえて、プールに頭を沈めたように息が苦しくなりました。ぼこぼこという水の音がして、まわりの音などまったくわかりません。まだ車の通るような時間だったはずですが。
もうろうとしていく意識のなか、私はもう駄目かもしれない、と思い始めました。
実際に起きていた殺人事件、怖い話は身近にある
コンコン、と窓を叩く音で私は目が覚めました。
「お客さん、お客さん!あっ、起きた。おい、起きたぞ」
中年の男性の声がしました。私が呼んでおいた代行業者のようです。
「あ、すみません」
「お待たせしました。けっこう飲んじゃいましたか」
代行業者は最初、私が酔いつぶれていると思ったようですが(実際、この町ではそういうお客さんも少なくないようです)、私の顔色が悪いことに気づいたようでした。
「お客さん、大丈夫かい。何かあったんですか」
「夢かもしれない」と前置きしてから、「実は…」と私は事の顛末を話しました。
すると、話を聞いた代行さんは、もうここには車を停めない方がいい、と意外にも真剣な表情で私に言いました。
この店では、常連客二名が若い男性店員をロープで絞殺したあげく現金を奪い去って、川に遺体を捨てるという事件が過去にあったそうで、地元の人たちのあいだではここの駐車場やパチンコ屋の怖い話がちらほら聞こえてくるのだということでした。
そんなばかな、と思った私は後日同僚に確認してみましたが、職場にいるのはあいにく私と同じような流れ者の中途採用者ばかりでだれにも詳しいことはわかりませんでした。
それでも、私は調べをつづけて、それらしい事件の記事を発見するに至りました。
記事には、「2003年2月23日、パチンコ仲間のTとOは、共謀してパチンコ店員を殺害。売上金を奪い遺体を遺棄した。すぐに金を使い果たした2人は第2の犯行を計画。同じ手口で別のパチンコ店員を殺害する。逮捕された2人には死刑が確定したが、2021年12月21日、2人の死刑が執行された」とあります。
私が駐車場に車を停めたのは二件目の事件があった方のパチンコ屋だったようです。
そのパチンコ屋も一昨年くらいには閉店して、いまは大きなドラッグストアが建っています。
若い男性店員が体験した人生最期の恐怖を、私はあの夜、あの駐車場で追体験したのではなかったでしょうか。
怖い話や幽霊にはあまり興味のなかった私ですが、残忍な犯人がつい昨年末にとうとう死刑になったのを受けて、顔も知らぬ被害者への哀悼の意を込めてこのお話をみなさんにお伝えしました。
実際に人が亡くなった実話ですので、あまり深く詮索はなさいませんように。