愛犬モカの死と戻ってきたアレの怖い話

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数年前に、愛犬のモカが亡くなりました。
茶色のトイプードルで、うちに来たのはまだ私が大学を出たばかりの頃でした。
どんなに仕事で疲れていても、玄関のドアを開けると飛び跳ねて迎えてくれたモカの笑顔が、私の支えでした。

それが、ある冬の夜のことでした。
老衰で眠るように息を引き取ったモカを見送った私は、まるで自分の心まで凍りついたような感覚に陥っていました。
ペットロスというには簡単すぎるほど、私の生活の中心にモカはいたのです。

――それから半年後のある日。

「カチャ、カチャ…」

夜中、床を歩く音で目が覚めました。
一階のフローリングを小さな爪が叩くような音。それは、モカが元気だったころによく聞いた足音と、まったく同じものでした。

一瞬、夢か幻覚かと思いました。
でも、私は無意識に布団から飛び出して階段を下り、玄関の方へと向かいました。

誰もいない。

でも確かに、そこには“何か”がいた余韻が残っていたのです。

不思議と怖くはありませんでした。
むしろ、懐かしさと涙がこみ上げてきて――
「モカ……戻ってきてくれたの?」

そう、思ってしまったんです。

それからというもの、不思議な現象が続きました。

玄関マットに小さな足跡がついていたり、誰もいない部屋から鈴の音が聞こえたり、夜中に勝手にドアが開いたり。
どれも、モカがいた頃の日常と重なっていました。

最初のうちは、私はそれを“慰め”のように受け止めていました。

亡くなったペットが、愛情に応えて戻ってきてくれている。
スピリチュアルな話だと、そういうこともあると聞いたことがあったからです。

私は、モカの写真に「おかえり」と毎日話しかけ、時にはおやつまで供えるようになりました。

でも、異変は次第に“優しい奇跡”では済まされないものになっていったのです。

ある晩、帰宅して電気をつけた瞬間、リビングのソファの上に“何か”が座っていました。
一瞬だったのでよく見えませんでしたが、それは明らかに犬のような影でした。

慌てて駆け寄ると、何もいない。
ソファはほんのり暖かく、毛が数本落ちていました。

「モカ……?」

そう呟いた私の背後で、「クゥン……」という鳴き声がしました。
振り返っても、誰もいない。

その夜、夢を見ました。

――モカが血まみれで私の足元にうずくまり、「ちがう、ちがう、それ、モカじゃない……」と、絞り出すような声で訴えてきたのです。

夢から覚めた私は、汗で全身びっしょりになっていました。
まるで悪夢が部屋にまだ残っているかのように、空気がどんよりとしていました。

翌朝、私は写真立てを見て絶句しました。
モカの写真に、まるで泥を塗ったような黒いシミが広がっていたのです。
それは画面の中のモカの顔を、まるで隠すようにべったりと……

ぞっとしました。

その夜も足音がしました。
でも、今までと違う――異様に重く、不自然な間隔で。

「カチャ、カチャ……カチャッ……カチャチャチャ……」

何かが這いずるような音も混じっていたのです。

恐怖を押し殺して私は部屋の電気を点けました。

すると、廊下の奥に……いたのです。

犬のような四つ足の影が、壁に張りつくようにこちらを見ていました。
でも、それは明らかにモカではありませんでした。

背中が曲がり、足は左右で長さが違うように見え、頭は異常に大きく、眼だけがギラギラと赤く光っていました。

それが“笑った”のです。

犬が笑うわけがない。
でも確かに、その口角は不気味に吊り上がっていました。

私は悲鳴を上げ、すぐさま寝室に逃げ込み、布団を頭からかぶって震えていました。
玄関のチャイムが何度も鳴っていました。
……誰も来るはずがないのに。

翌日、私はモカを火葬してもらったペット霊園に向かいました。
スタッフの方に事情を話すと、一人の女性職員が神妙な顔でこう言いました。

「実は……最近、似たような相談が増えているんです」

その女性は、小さなノートを取り出し、いくつかの事例を見せてくれました。

どれも、「亡くなったペットの霊が戻ってきたように見えるが、様子がおかしい」「行動が粗暴」「夢に出てきて苦しめられる」といったものでした。

「実際には、“動物霊”を装って近づいてくる、別の存在がいるんです」

それは、「飼い主の強い想念や未練に引き寄せられた低級霊」が、最も信頼された存在の姿を借りて入り込んでくるのだとか。

“モカのふりをしていたモノ”は、私の悲しみに取り憑き、それを餌にしていた――。

私は、すぐに専門の供養を依頼し、家に結界と塩を撒き、モカの遺影を別の場所に移しました。
供養の当日、住職の読経が始まると、家中が急に揺れたような感覚に襲われました。
風もないのに窓がガタガタと音を立て、仏壇のロウソクの火が一瞬消えかけたのを今でも覚えています。

供養が終わると、嘘のように家の中が静まり返り、あの足音も、影も、消えていきました。

それから二度と、“あれ”は現れていません。

でも、私は今でも、夜中に小さな物音がすると反射的に身構えてしまいます。

そして、ふと想うのです。

本当に、モカはあの日、来てくれたのだろうか?

それとも最初から、“あれ”だったのか?

真実は、もう誰にも分かりません――。

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